現場の担当者として「研修をやっても人が育たない」と頭を抱えているなら、それは社員の能力のせいではありません。教える側が、スキル以前の「OS」である思考力を育てる設計を忘れてしまっているだけなんです。
今の時代、過去の成功例をなぞるだけの学びは、現場に出た瞬間に使い物にならなくなります。かつてのように「正解」が決まっていた時代なら、知識のコピー&ペーストで十分でした。しかし、今の私たちが真っ先に取り組むべきは「何を教えるか」という情報の詰め込みではなく、「どう考え、どう動かせるか」というプロセスの構築です。教育活動の効果・効率を高めるための技法である「インストラクショナルデザイン(ID)」の知恵を借りて、指示待ち人間を卒業させ、自律的に動く組織を創るための本音の戦略を紐解いていきましょう。
1. なぜ「丁寧に教える」ほど、思考力は死んでいくのか
「履修主義」という思考停止の罠
日本の研修でよくある「全員並んで、同じ時間だけ話を聞く」スタイル。これを履修主義と呼びますが、プロセスさえ踏めば修了とみなすこの考え方が、実は思考停止の元凶です。一方的な情報提供を主目的とすれば、受講生は「座っていれば終わる」という受け身の姿勢を学習してしまい、肝心の習得に対する責任感も曖昧になります。さらに、既にできる人と全くできない人が同じ空間に閉じ込められることで、前者は退屈し、後者は浮きこぼれるという悲劇も生まれます。この「受け身を強いる構造」こそが、自ら考える力を奪う最大の要因です。
暗記の価値が暴落した時代
スマホで何でも調べられる今、知識を暗記させることに必死になっても意味がありません。60年も前にブルームという学者が「暗記をゴールにするな」と警鐘を鳴らしましたが、いまだに多くの教育現場では、高度な知的活動よりも単なる記憶の確認に偏っています。今求められているのは、知識の有無ではなく、それを使って未知の課題をどう「分析」し、何を「創造」できるかという、より高次の目標設定です。
2. ゴールから逆算する「逆向き設計」のすごさ
手段の前にゴールを特定する
思考力を鍛えるなら、まず「どう教えるか」という手段を一度捨ててください。代わりに、次の3つの問いを自分に突きつけるんです。
- Where am I going?(学習目標:どこへ行くのか?)
- How do I know when I get there?(評価方法:たどり着いたと、どう判定するのか?)
- How do I get there?(教授方略:どうやってそこへ向かうのか?)
多くの人が最後の手順(How)から考え始めますが、大事なのは「どこがゴールか」を特定することです。ゴールから逆算する「逆向き設計」をやるだけで、必要な活動だけに集中でき、教育の効果と効率は劇的に上がります。
目標を「行動」で語る
目標を「理解する」なんて曖昧な言葉で終わらせてはいけません。評価が明確になるように、「解決策を提案できる」のように行為動詞で表すことが不可欠です。丸暗記を強いるのではなく、職場で実際に求められる「条件」や「基準」に合わせて設計することが、現場で使える本物の思考力を育てます。
3. 事例で見る「効果・効率」の劇的変化
事例1:新入社員向け「技術トラブル対応」の再設計
ある企業のIT部門では、新入社員に膨大なエラーコードを暗記させる研修を行っていましたが、現場での対応力は上がりませんでした。そこで、研修を「暗記」から「調査と判断」にシフト。具体的には、一覧表の参照を許可した上で(評価条件の明示)、制限時間内に原因を特定し修正案を出す(目標行動の具体化)という形式に変更したのです。結果、受講生は「覚えなきゃ」という負担から解放され、「どう解決するか」という思考そのものに集中できるようになり、トラブル解決スピードが40%向上しました。
事例2:営業プロセスの「完全習得」モデル
ある営業組織では、新人研修で「商談のロールプレイング」にTOTEモデルを導入しました。これまでは「一度練習して終わり」でしたが、まず事前テストを行い、合格ラインに達していない項目だけを集中練習し、合格するまで何度でもテストを繰り返す形式に。特に「断られた時の切り返し」といった、できない部分に焦点を当ててフィードバックを繰り返した結果、「なんとなく分かった」状態で現場に出る新人がいなくなり、初受注までの期間が大幅に短縮されました。
4. 「できるまで帰さない」習得主義のアルゴリズム
TOTEモデルで成長を監視する
思考力を養うために、空調の温度調節と同じ「TOTEモデル」を教育に取り入れましょう。このモデルは、常にゴールへの到達状況を監視し、成果が出るまでループを繰り返す仕組みです。
- Test:まずやらせてみる(事前テスト)
- Operate:できなかった部分だけ学ばせる(学習活動)
- Test:もう一度やらせる(事後テスト)
- Exit:合格したら、その場で修了。職場に帰す
「時間が来たから終わり」ではなく「できるようになったから終わり」という習得主義に切り替えると、学習者の時間は無駄にならず、個々のペースに合わせて確実な成果を保証できます。
コンフォートゾーンを超えさせる
思考力の向上には、ただ闇雲に回数を重ねるのではなく、実力が向上するようにデザインされた「集中的練習(deliberate practice)」が必要です。既にできること(コンフォートゾーン)に甘んじさせず、常に「できないこと」に焦点を当て、少し高いレベルで試行錯誤させ、指導者からタイムリーなフィードバックを得る環境を整えてください。
5. 最終ゴールは、人事・研修担当者が「いらなくなる」こと
自己調整学習者への道
人事・研修担当者が目指すべき究極の姿は、教育し続けなくても勝手に人が育つ状態です。つまり、社員を「自己調整学習者」に育てること。自分で目標を立て、自分の学びをコントロールできる人を増やすことが、教育の必要性を相対的に軽減し、自律的な組織を作ります。
現場での「行動変容」に責任を持つ
研修の満足度アンケートが良くても、現場で行動が変わらなければその研修は意味がありません。IDでは、単なる印象(レベル1)ではなく、実際に何ができるようになったか(レベル2)、そしてそれが職場での実践(レベル3)にどう繋がったかを厳しく評価します。企画の段階で現場の泥臭い課題にフォーカスし、単なるお勉強ではない、実利のあるパフォーマンス向上をデザインしてください。
6. 最後に:思考のアップデートは「設計」で決まる
人材育成の最優先課題である「思考力」の向上。それは根性論で「もっと考えろ」と叱咤することではなく、科学的な根拠に基づいた「設計」の問題です。何を学ぶかというコンテンツの前に、どう学ばせるかというシステムを見直す必要があります。
履修主義から習得主義へ。暗記から高次の知的活動へ。人事・研修担当者が「設計者」の視点を持てば、組織は驚くほど自律的に動き出します。
ゼロから苦労して悩む時代はもう終わりです。半世紀にわたるインストラクショナルデザインの研究成果という「最高の武器」を賢く使い倒して、あなたの会社にしかできない、最高の思考力育成プログラムを組み上げてみませんか。
出典:鈴木克明「インストラクショナルデザイン―学びの『効果・効率・魅力』の向上を目指した技法一」電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン No.50 秋号 (2019)
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