研修会社がリテンションの側面から”内定者研修”を勧めるワケ
2015.09.03
ツイートここ数日、株価の乱高下がはげしく景気予想など意味がないと思ってしまうが、つい最近まで日本の景気は上昇傾向にあると誰もが感じていた。ある金融系コンサルティング会社のレポートでは、企業の設備投資が持ち直し消費活動も活発化しているという。消費と同じで、人材も景気が良いと動く。近頃、”リテンションマネジメント”の言葉を聞くようになったのも偶然ではない。リテンションマネジメントは、人事施策の一つで、優秀な人材の確保、維持をさす言葉だ。2007年頃、好景気を背景に人材の流動化に拍車がかかり、リテンションマネジメントは、しばしば人事畑で取り上げられた。しかし、同年7月のサブプライムローン問題(米)を発端とする景気の低迷で、この言葉は最近まであまり聞かれなくなっていた。
人の働き方やその目的が多様化している現在では、転職理由が会社への不満や不安だけでない事は周知の事実だろう。特に、前向きで優秀な人材が、専門知識・技術の習得、職位、経験を求め、よりよい環境へ移るのは当然であり、企業側も、そのくらいの志向性と行動力のある人物を雇用したいと思うものだ。さて、優秀と評価される社員には、既にそれなりの対価が発生しているとみてよい。それは報酬だけではなく、やりがいのある仕事や責任ある立場かもしれない。会社は十分にその社員を評価している。
では評価していたはずの社員が辞めていくのは何故だろうか。
職位、仕事、期待はもちろん、働く環境が社員にとって適切であるかも重要なポイントとなる。職場風土、人間関係、勤務時間、通勤、オフィス環境など、実は、当たり前になり企業側がメスをいれにくい、これらに理由がある事も多い。また、社員側も結婚や親の介護など、働き方を見直す事情が生まれる。人生を紡ぐことと働くことはある意味同義語だと私は思う。転職を考える理由が様々なのは、人生の数だけ働き方があるという事だ。
そうは言っても、ただ指をくわえて退職者を見送っている訳にいかない。
社員の退職は補填にコストがかかるだけでなく、人材不足による機会損失や、顧客、企業ノウハウの流出も危惧される。また、退職者が続くと、職場モラルも必ず下がっていくものだ。社員を留まらせる、魅力ある企業に職場環境を整えることはリテンションマネジメントの重要な側面である。これは、何も現有社員にだけ言えることではない。優秀な社員を雇用しようとする全ての場合にあてはめて考えることができる。
話しは少しそれる。目黒に池波正太郎のエッセイに登場する揚げ物の名店がある。10年ぶりに訪ねたのだが、白木の床は相変わらず磨き上げられていて、カウンターには染みひとつない。そして、かつてと同じ顔触れの店員が無駄のない働きぶりをみせているのだ。あの頃おじいさんだった店員はもっとおじいさんになっていて、調理場にも見覚えのある顔が見える。そこに一人、10代と思われる店員の姿があった。先輩と同じようにきびきびと仕事をしている。14、5名は働いていると思われる広い店内で、その日も100人近い客を店員のチームプレーが見事にさばいていた。話しがだいぶそれた。
この店の内情を私は全く知らない。しかし、従業員が辞めない職場である事を知っている。そういう職場が実在するのだ。実は、10代の若い店員の仕事ぶりを見て、私にはこみ上げるものがあった。仕事に真剣に向き合うひた向きさを感じたからだ。店員と職場に確固たる信頼関係があるのだ。
人材流出を防ぐ手立てとして、
・経営者の顔とメッセージを明確にする
・ライフワークバランスが適切にとれる制度
・適切な労働環境の維持
・健全な職場風土
・キャリア開発が可能な制度
などが挙げられるが、これらは今や採用条件として必要不可欠とも言える。事実、こうしたアピールがなければ新入社員の採用は困難だ。しかし、従業員の満足がいくまで、これらの施策を実現させようとすれば、企業は労力・体力を必要とする。特に中小企業にとって、報酬・労働環境・勤務形態の全てを見直す事は難しいだろう。
既出の目黒の店は個人経営で、大企業ではない。しかも営業は午後4時から、仕込みの時間もあり、一般にいう規則的な生活、勤務体制ではないだろう。しかし、大先輩と若い従業員がともに誇りをもって仕事をしている。池波正太郎が通いつめた時代も、10年前も今も、それは変わらない。清潔な白木の床が彼らの誇りを如実に物語っている。
企業が魅力ある職場を構築するには、ライフワークバランス制度など、いくつかのシステムが必要だと書いた。しかし、従業員が自ら魅力的な職場を作ることも重要だ。目黒の店などはまさにこの例だと思う。店員、一人ひとりの精進と役割把握、チームワークがなければ、人気店の営業を維持することはできない。必要な誰かが一人でも欠けては成り立たないのだ。企業にも同じことが言える。組織はいつでも人材の替えがきくようで、退職による人材不足の損失は大きい。職場に必要だからこそ、その席があるのだ。
ともに働くという縁は薄くない。企業価値を高めるシステム構築と同時に、社員のコミュニケーション・絆を深める工夫も又必要なのだ。
この時期、リテンションは学生の内定辞退にも及ぶことだろう。現有社員と違い、報酬や企業規模、オフィスの立地条件など外的要因といえる項目が彼らを簡単に左右させる。加えて複数企業の面接を受けているので、企業側も本音が分かりにくい。内定期間中の帰属意識は、原則的に報酬などの外的要因によって動機づけられているが、これを内的要因に変換させることが重要と言える。
「ともに働く縁」はここでも有効だ。同期同士のコミュニケーション構築は私たちが思うよりずっと軽やかに成立する。「仲間」として内定者同士が認識し合う事は、内定辞退の一つの足かせになるだろう。また、企業が彼らの成長意欲に積極的に応えることも必要だ。「自己実現」を成すべく、そのtodoを真剣に模索する時期。この企業ならば可能だと思える支援策が提供できれば、内的動機づけにつながる。
内定者リテンションを目的とするとき大事なのは、そのアピールが企業側の一方的な押しつけではいけないという事だ。本人の「気付き」があって初めて、動機づけに持続性が生まれる。きっかけは企業側の仕掛けであっても、最終的に企業価値を高めるのは内定者自身ということだ。
研修会社に属する者として仕掛けには“内定者研修”をぜひお勧めしたい。
まだ学生である内定者を対象とするため、入社前の研修に踏み出せないという企業もあると聞く。しかし内定者同士の絆、キャリアアップ支援を同時に実現する方法として研修は適している。また、内容に工夫をこらせば企業のロイヤリティを高めることも可能だ。内定者研修は入社前にマナーやマインドを習得させるだけが目的ではない。リテンションの側面からも注目を集めているのだ。
社員が企業に留まる理由。報酬?働きやすさ?やりがい?
要は、そこで働く必要性×幸福感だと考える。