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元祖イクボス・川島高之が語る「ゆるい職場への対処法―叱れない上司、増えていませんか?―」

2023.06.28

ワーク・ライフ・バランスが進み、職場の心理的安全性も向上してきました。一方でその副作用として「部下を叱れない上司」や「権利主張型」の部下が増え、いわゆる『ゆるい職場』になってしまったという声が急増しています。 私どもは、この状態を打破するために「働きやすさ」と「働き甲斐」が共存する職場整備が必要であり、そこには『イクボス』の存在が欠かせないと考えます。 そこで『イクボス』の観点から「ゆるい職場」への打ち手をお伝えするため、去る5月30日に人事・ダイバーシティご担当者様に向けにセミナーを開催しました。本記事は、当日のセミナー内容についてまとめたものです。

セミナー名

「ゆるい職場への対処方法~叱れない上司、増えていませんか?~」

アジェンダ

イクボスとは
―なぜ、必要?
―主力選手は「制約社員」
「あるべき論」から「具体論」へ
―上司・経営者として心がけること
―ワーク・ライフ・バランスは「ゆるくない」

「ゆるい職場」とは

 若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長機会が乏しい職場のこと。 ダイバーシティ推進やパワハラ防止法施行などを背景に、管理職が部下に配慮しすぎることが原因で増加傾向にある。

働き方改革に牽引された労働環境の是正は、余暇時間の増加、プライベートと仕事の両立、多様な経験を活かせる社会など、ポジティブな効果を生む反面、成長の契機となる経験やタスクに乏しく、若者が「キャリア構築」に不安を抱き始めている。実際、近年では向上心のある若手の早期離職が散見される。

イクボスとは

イクボスとは、9年前にNPO法人ファザーリング・ジャパンが世に出した言葉で、次の3つの定義と10ヶ条を満たす、または意識できている上司・管理職・経営者のことです。

3つの定義

・部下の私生活と仕事をともに応援
・ワーク、ワイフ、ソーシャルを自らも満喫
・組織の目標達成に強い責任感

イクボス10ヶ条

① 理解 部下の生活・家庭・健康状態把握に努め、理解を示し、人生を応援
② 多様性 仕事における「制約条件」と考え・価値観の「違い」を受け入れ、活かす
③ 知識 社内制度、法律に関して最小限の知識を有し、助言や後押しに活用
④ 浸透 職務を果たす意識と私生活充実の両方を組織に浸透させる
⑤ 配慮 異動など、部下の私生活に大きな影響を与える事象へ、最大限の配慮をする
⑥ 業務 休暇や時短者がでても、組織の成果を出すために、チームワーク醸成に注力
⑦ 時間捻出 業務の中でやらないことを決め、迅速な意思決定で部下との時間を捻出
⑧ 育成 明確な指示を出したら、仕事のHowは部下に任せ、成長をサポート
⑨ 率先垂範 ボスが休暇取得をするなど、Work・Life・Socialを充実させている
⑩ 業績責任 職責にコミットし、目標達成にこだわり、そのための部下への厳しさを持つ

なぜ、必要?

働き方改革の目的の1つに、世代を問わず「学び」と「ソーシャル活動」の時間をつくること、があります。 なぜ「学び」と「ソーシャル活動」の時間を確保するかというと、学ばなければ知識やスキルは地盤沈下して時代遅れになります。だから労働時間を減らしてでも、自分自身と部下が自己研鑽できる時間を確保する必要があるのです。

また、働き方改革によって多様な人材を抱き込むことは、組織の側も求めるところです。多様性のある個人が集まると組織はカラフルになり、カラフルな組織からは新しいモノやアイデアが生まれるのです。

残念ながら、現在の日本組織の多くは、オールド・ボーイズ・ネットワークと呼ばれるほど、意思決定者は男性ばかりです。それでは新しいモノやアイデアは生まれません。カラフルな組織にするために、働き方改革やイクボス、ダイバーシティの推進が必要なのです。

主力選手は「制約社員」

これまでは、組織に存在していなかった考え方や価値観は、省かれたり潰されたりして、組織の力に変わる前に芽が摘まれていました。そうならないよう、適切な化学反応が起こる状態を重視したのがインクルージョンという視点です。

これまで組織は、いつでも・どこでも働ける「無制約」社員を中心に構成されてきました。しかし昨今では、組織内に介護や子育て、在宅、副業、資格取得など、働く場所や時間に制約のある「制約社員」が推定7割いるといわれています。 そのため今後は、制約社員を主力選手とするチームを構成して成果を上げていく必要があるのです。

「あるべき論」から「具体論」へ

ダイバーシティやワーク・ライフ・バランス、男性育休、エンゲージメント向上など、世の中には「あるべき論」と「キレイごと」が溢れています。しかし管理職の皆さんからは、「これらはもう聞き飽きた」「現場はそれ程たやすくもなく合理的でもない」という声が挙がっています。 では具体的に何をどうすれば、働きやすく業績の上がる職場になるのでしょうか。

上司・経営者として心がけること

私自身が、ダイバーシティ、ワーク・ライフ・バランス、女性活躍、男性育休、業績アップなどを推進するために心がけてきたことは、大きく分けて5つあります。 各項目を細かく分けると50項目ぐらいになります。すべてを同時にしてきたわけでも、全部できているわけでもありませんが、あくまでも意識してきた項目を振り返るとそれぐらいになるのです。 管理職はそれぐらい多くのことに取り組まなければなりません。なぜなら、魔法の杖はないからです。トライ&エラーを繰り返してでも実現に向けて行動しなければならないのです。

部下力の向上

まずは部下力、すなわち、部下のヤル気・能力・自主性を放出させる必要があります。 働き方改革や生産性向上というと、職場の無駄を削減する「DX化」などに目がいきますが、大事なことは「部下一人ひとりのヤル気を高めること」です。 ヤル気の高まったメンバーが集まった組織は業績も上がります。

部下のヤル気を引き出すには、「上から目線」で接するのではなく、「支援職」として「横から目線」になるとよいです。その際、部下一人ひとりの私生活に合わせて、オーダーメイドの支援をしなければいけません。

部下が人生や仕事において何を大事にしているかは、雑談を通して少しずつ知りましょう。しかし一方的に、部下を知ろうとするのではなく、上司自身も自己開示をして、話しやすい雰囲気をつくることを忘れないでください。

そして、ここで重要なのは、部下の私生活に配慮はしても、仕事で遠慮はしないことです。 上司として、部下の仕事は「三方良し」を目指さなければなりません。「組織のやるべきこと」「部下の得意なこと」「部下の意思」を一緒に探し続けるのです。そうすることで、部下の『成長の伴走者』になれます。また、部下は、伴走してくれる上司がいることで「仕事・職場は成長の機会・場である」と認識することができます。 もう一つ、部下のヤル気を向上させるために、「部下のやるべきこと(=職責)を決める」ことも重要です

「私生活に寄り添う」「部下の仕事は三方良し」「成長の伴走者」を反映させた職責・職務・目標などを期間と共に提示しましょう。そして、できたこと・できなかったことに対して評価を忘れてはいけません。決めたことをやった人は高く評価し、やらなかった人は評価しない、ここは厳しさを示す必要があります。

そして部下を信じて任せましょう。仕事のやり方、今まで上司がしていた仕事、裁量を部下に任せることで、マネジメントに費やせる時間が増え、プレイングマネージャーからの脱却を図れます。また任せられたことによって、部下はやる気が上がり成長も期待できます。

「褒めて伸ばす」のは、あくまでフィードバックの一部です。最近、褒めるべきではないタイミングで褒める人が増え「褒めるバブル」になっています。タイミングを外した「褒め」は、「馬鹿にされた」と感じさせ、部下のやる気を削いでしまいます。 るべきことは叱る、というフィードバックも必要です。事実や第3者の意見を踏まえることで、たとえ叱ったとしても部下はハラスメントに当たるとは思わないはずです。

部下力を上げる方法について色々と述べてきましたが、要は「部下を知りましょう」ということです。そのために、私は1人1ページ「部下ノート」をつくっていました。

上司の覚悟

次に管理職が取り組むべきことは、「上司自らも自分に厳しく」ということです。 上司として一番厳しくすべきところは、「脱・イエスマン」です。 社内の大ボスや顧客からの指示命令・依頼でイエスマンはやめましょう。行き過ぎた無理難題、価値の低い仕事を「No」と突き返すことで、部下の時間を安売りしないですみます。

逆に部下に対しては「やらなくてもいいこと」を決めてあげましょう。今ある仕事や過去からの慣習・定例化されていることなどを疑い、断捨離する覚悟を持つことです。

慣習を慣習として行い続けるのは簡単ですが断捨離は難しいです。だからこそ上司は、「逃げない覚悟」を持たなければなりません。 基軸を持つことから逃げない、現場から逃げない、決断することから逃げない、責任をとることから逃げない、そして嫌われてもいい覚悟を持つのです。 部下に嫌われたくなくて叱ることから逃げる上司が増えると組織は弱体化してしまいます。

時間泥棒の退治

先ほどの断捨離に通じますが、無駄に長い会議や分厚い社内資料の作成に時間を費やすのはやめましょう。 部下に厳しくする必要もあるとお話ししましたが、こうした無駄な業務で厳しく言われることに部下は違和感を覚えます。例えば、役員が社長にたった15分説明するためだけに30ページもの資料を作ることに時間は割きたくないですし、そこでの「てにをは修正」に厳しくは言われたくないのです。こうしたことを思い切ってやめることが、ゆるい職場を脱却するための第一歩になります。

組織力の強化

組織をゆるませずワーク・ライフ・バランスを実現するためには、一体感が必要です。 一体感のある組織をつくるには、組織ビジョンや存在意義などの「組織の御旗」が必要です。 どこに向かっているか分からない状態で厳しく言われると、部下はついてきてくれません。 方向性や目的が明確であり、かつ「腹落ち感のある御旗」を立てることで、部下が組織に参画している意識を持つことができるのです。

全員の心得

最後に、職責を意識させることの重要性についてお話しします。 ワーク・ライフ・バランスを進めていくと、ぶら下がり型、権利主張型、既得権益型の部下が増えていきます。そうならないために伝えなくてはいけないのが、ワーク・ライフ・バランスの「厳しさ」です。ワーク・ライフ・バランスとは、「プライベートを死守し、かつ職場での信頼を失わない」ことです。1つに取り組むより2つに同時に取り組むことの方が厳しいのは当然です。

ワーク・ライフ・バランスは「ゆるくない」

仕事と私生活の両立や、働き方改革は、会社から与えられるものではなく、自ら行動して取りに行くものです。ですから、両立が出来ない理由を挙げて救われるのを待つのではなく、出来る手段を考え実行し続けましょう。 実行と継続のモチベーションは、人生を欲張る「貪欲さ」であり、働き方改革は「生き方改革」と言えます。

自分の人生を豊かにするための厳しさなら耐えられる、また、厳しさに耐えられるような職場でないと業績は上がりません。私生活の時間を確保しながら業績も出せる組織にする、そのためにはイクボス的な考え方を持ち、行動していくことが必要なのです。

川島高之(かわしま・たかゆき) 氏

NPO法人ファザーリング・ジャパン理事

1987年に慶応大学卒、三井物産(株)入社、2012年に上場会社の社長就任、「イクボス式」経営により3年間で利益8割増、株価2倍、残業1/4、社員満足度調査も過去最高に。 2016年フリーランサーに。NPOファザーリング・ジャパンなど複数のNPOの理事、内閣府や神奈川県などの男女共同参画委員、文科省の学校業務改善アドバイザーなどを歴任。 子育てや家事(Life)、会社社長や商社勤務(Work)、PTA会長やNPO代表(Social)という3つの経験を融合した講演が年200回以上。 「元祖イクボス」としてNHK「クローズアップ現代」で特集され、AERA「日本を突破する100人」にも選出。 著書「いつまでも会社があると思うなよ」(PHP研究所)、「職場のムダ取り教科書」(ソシム)。

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